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【青山華子×がけっぷち】で知られている理由を深掘りインタビュー(仕事編)

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青山華子セミナー

「青山華子」といえば「がけっぷち」って聞いたことがあるけれど、どんな経緯があるのか知りたいあなたへ

「がけっぷち」と刻まれた扇子を持ち、白衣に身を包んだナゾの女性。
そんな「青山華子」という人物の知られざる部分を、どんどんひも解いていきます。

「青山華子氏のナゾにせまる!」

【聞きまとめライター くるみがインタビューしました】

誰もがツッコミを入れたくなるようなあれこれについて、根掘り葉掘り聞いてしまいました。

ではさっそく質問いってみましょう!

今回は、「仕事編」です。

仕事の「がけっぷち」を迎えていた2008年

―――「がけっぷち」とはインパクトのある言葉ですけれど、具体的に「がけっぷち」だったのはいつ頃でしたか?

華子:
仕事で「がけっぷち」だったのは、2008年の夏頃でしたね。
創業以来、順調にいっていた法人向けの仕事が、リーマンショックのあおりを受けて、ガクンと減ってしまったんです。

取引先がどんどんなくなっていって、キャッシュもどんどん減っていき、会社が倒産寸前になりまして。

そこで、新規の顧客を開拓をするために様々なことをやってみましたが、どれもうまくいかないことが多かったんです。

いろいろ営業をしてみるものの、良いお客様とは巡り合えず。。。

やっと仕事がもらえても、びっくりするほど条件が悪かったり、安すぎる仕事だったりしました。

――条件のいい仕事が全然こなかったと。

華子:
そうなんです。

会社も私自身の知名度もなかったですし、見た目が小娘っぽいこともあり、営業先でもなめられていたんだと思うんです。

やっと交渉の段になっても、価格を値切られることや、私の名前を間違われる、約束をすっぽかされるなんてことが、しょっちゅうありました。

華子:
ひどい時には、夜中の2時、3時でも平気で携帯に電話がかかってきて、「今から出てこい、夜のお付き合いをしたら仕事をあげるから」なんて酔っ払った声で言われたことも。

もちろん断りましたけれどね。

がけっぷち脱出ストーリー2

そうこうしているうちに、スタッフが何人もやめたり、騙されて売上代金踏み倒し詐欺に合いそうになったりと、どんどん状況が悪化していきました。

仕事を取ろう、なんとか売上をあげようと焦れば焦るほど、ドツボにはまっていく感じでした。

―――なかなか厳しい状況だったんですね。

華子:
はい、かなり厳しい状況でした。

起業をしてから何年かは、会社員時代の人脈や紹介、ダイレクト営業などで順調にやってこれたので、いきなりこんな風になるとは思っていませんでした。

それが、自分の存在を知られていないってだけで、こんなにひどい扱いを受けるのかと、とにかくショックが大きかったです。

今思い返すと、私が甘かったんだと思います。

仕事の依頼を増やす第一歩は「認知されること」

―――倒産危機になるほどの仕事の「がけっぷち」から脱却するために、青山さんはどんな行動に出たのですか?

華子:
まずは、短期間でブログを書きまくりました

青山華子がけっぷち脱出ストーリー2

がけっぷちになって、はじめて「ブランディング」することの重要さを痛感しました。

世の中に知られていないってことが、どんなにくやしいことなのかよーくわかったし、認知されていなければスタートラインにも立てないんだということが腑に落ちたので、「まずは、見込み顧客に知られる存在になろう」と思ったんです。

じゃ、どうやって知名度を上げるのかって考えた時に、その時の私にはブログしかやれる手段が浮かびませんでした。

広告やプレスリリース、マスに出ることなども考えましたが、予算を考えると無理そうだったし、あまりうまくいく気がしなかった。

そこで、やれるだけやってみようと、まずはブログを書いて知名度を上げることにしました。

―――青山さんといえばブログですもんね! その歴史がここからスタートしたわけですね。

華子:
はい。
がけっぷちを自力で脱出することをテーマに、実践!ビジネスブログをはじめました。

リーマンショック後の、冷え切った雰囲気がある全国の中小企業の営業が苦手な社長や経営者に向けて「一緒にがけっぷちを脱出しよう!」というコンセプトでブログを開始したんです。

―――まわりにエールを送りつつ、応援される、みたいなイメージですか?

華子:
そうなんです。
このときから意識して「がけっぷち」という言葉を使い始めました。

ビジネスネームである「青山華子」という名前を使い始めたのも、この頃です。

一度会った人に、1回で覚えてもらえるように、白衣でのブランディングもスタートさせました。

顔出しをしていなかったので、写真対策として「がけっぷち扇子」を使い始めたのも、ブログを始めてからです。

 

―――ブランディングの経緯については、こちらのインタビュー記事でも語っていただいた記憶があります。

青山華子の謎。知っているようで知らない?な部分を解明【前編】

1年でブログ更新数、360記事以上! ようやく「がけっぷち」から脱出

―――ブログを書くことで、どのような反応が得られましたか?

華子:
がけっぷちで顔出しをしない三枚目キャラが一部の方に受け入れられたのか、少しずつ仕事をいただいたり、人を紹介してもらえるようになりました。

がけっぷち扇子
※使いすぎてぼろぼろになった初代「がけっぷち」扇子

―――それは良かったですね!

華子:
ブログの読者も一気に増えました。

当時は、毎日10記事はブログを書いていて、お会いした社長さんやフリーランスの方に許可をとって、当時の様子も記事にしていたので、セキララな突撃ぶりが面白い、と認知が広まっていったようです。

―――ブログをはじめてどれくらいで成果が出てきましたか?

華子:
ブログをはじめて、3ヵ月くらいでしょうか。

ブログのことを猛烈に勉強しまくり、ブログを開始して2ヶ月目からコラボでブログのセミナーも始めましたし、人にもどんどん会っていたので、そこから少しずつ仕事につながっていきました。
華子:
1日でも早く成果を出すために【デジタルイン アナログアウト】というのを当時の行動指針に掲げて、戦略的にブログからつながった人と会うことをひたすら続けました。

「デジタルイン アナログアウト」というのは、「ブログ(ネット)で知って、リアルで会う」ということです。

私の場合は、ブログを書いているだけでは仕事になりません。

実際に人に会わないと仕事を発注してもらえないんです。

そこで、いかに私に興味を持ってもらい、会うきっかけを作るかというところに工夫をこらしました。

1年で1000人のブロガーや、ブログを書いている社長さんに会いました。

セミナーに来ていただいたり、インタビューをしたり、こちらからアポイントを取ったり、お会いしたきっかけは様々ですが、これも、ブログで逐一、実況中継をしていきました。

当時、ブログをきっかけに会った社長さんとは必ずツーショット写真を撮ってブログにアップしていたんです。

その際に、戦略的にやったのが2つ。

1つ目は、キティちゃんが好きだったので、キティちゃんのストラップを出張先などで買ってきてもらえるようにお願いをして、それを受け取る時に、社長のところへ出向き、その写真を許可を撮ってブログにアップし続けたこと。

これは、すごく効果がありました。

当時は、ガラケーだったんですが、もらったストラップをつけていくうちに、どんどん携帯がすごいことになって、一時は、携帯が2キロ近くになったこともあります。

JK(女子高生)でもびっくりする、キティストラップじゃらじゃらの携帯が面白いと、次々にいろんな社長さんが面白がってストラップをくださったんですね。

で、それを写真にアップすると、また別の方からそれが見たくて声がかかるという感じで・・・。

2つ目は、この「がけっぷち(脱出)」と書かれた扇子です。

顔出しをしていないので、仕方なく使い始めた扇子ですが、これも面白がってもらえて、このがけっぷちの扇子を持った私と一緒にツーショット写真を撮る方が増えていったんです。

須賀氏

※写真は、別の、あるイベントのときのもの

そうしたら社長さんたちが、いろんな所でその記事を紹介してくれたようで、じわじわとお会いした人の周りから口コミで私の噂が広まっていいました。

「がけっぷちの面白い女性ブロガーがいるよ」というノリで。

そのおかげで一気にアクセスが増えましたし、認知度もあがっていきました。

 

―――青山華子さんと言えば、大量に情報発信をされているというイメージですけれども…

華子:
そうなんですね^^。

今は、ブログの更新頻度を落としていますが、当時は、大量に情報発信をしていたんです。

ブログは結果が出るのに、ある程度時間がかかるメディアなのですが、私はがけっぷちだったので、そんなに長いことのんびりしていられなかった。

とにかく早く成果につなげたかったので、人の3倍はスピーディにやろうと考えていました。

なので当時は、以上、ブログを書いていました。

―――1日に10記事ですか!?通常の3倍以上の更新頻度ですね!

華子:
じつは、たった1日で100記事更新したこともあります。

―――ええっ!! 100記事!?

華子:
当時、アメブロには、「社長ランキング」というジャンルがありまして、どうしてもその10位以内に入りたかったんです。

自分でいろいろ調査した結果、「毎月1日」の更新数」がランキングの順位に関係していると突き止めたんです。
(注意:現在は、もうルールは変更されています。このジャンルもなくなりました)

そのランキングは毎月変わるんですが、1ヶ月間は固定だったんですよ。

今はデイリーで変わるようになってしまいましたが、当時は違ってた。

そこで10位以内に入ろうと思って、何度か挑戦してみたんですが、なかなか一桁台にはなれなかった。

「うーん、あやしいツールは一切使わずに、なんとか10位以内に入れる方法はないだろうか」と考えて、ある時、ひらめきました!

「そうだ、元旦を狙おう」って。

チャンスはそこしかない。

1年に1回だけ、この日なら私でもなんとかなるんじゃないか。

お正月ならば他の社長やブロガーもさすがに休んでいるだろうと考えて、元日に1日で100記事チャレンジを決行しました。

青山華子

―――すごいチャレンジ企画ですね! 事前に告知もしたんですか?

華子:
はい。
元旦に100記事チャレンジやりますよ、と記事に書いて、実況中継しながら実行しました。

―――実際、やってみてどうでした?

華子:
とにかく、大変でした。
手が腱鞘炎になるかと思いました。

しかもその日、私は、野外のイベントにプライベートで参加していたので、外で遊びながらガラケーで必死に記事を更新したんです。

寒くって、手は痛いし、みんなが楽しんでいる中、自分だけ必死で。

いったい私はこんなところで何をやってるんだろうと思いながらも、とにかく決めたことだからとなんとか100記事チャレンジは、やりきりましたね。

そうしたら、狙った通りに、ランキングで10位以内に入ることができました

―――やりましたね!

華子:
社長ブログ部門7位にランクインしたおかげで、いつも10位以内の他の社長さんから声をかけられたり、それを見た方が推薦してくれて、雑誌:東洋経済の記事で、私のブログが「社長ブログのおすすめ」として掲載されるなど、一気に動きがあったんです。

ここから、ぐんとブログのアクセスが増えました。

その影響で、セミナー依頼が増えたり、知り合いの本に事例として登場したり、出版の依頼があったりして、急に仕事まわりが動き出したのです。

ちょうど、アメブロブームにも乗っかって、そこからは自分でもびっくりするくらい、ブログを通じて仕事が広がりました。
華子:
残念ながら、たくさん記事をアップしたアメブロは、2011年に削除されてしまいました。

今はもうみなさんに当時のがけっぷちブログをお見せできないのが残念です。

余談ですが、私のアメブロが消されたのは、私の2冊目の本が出る10日前のことでした。

それで、あわててfacebookのアカウントを作った覚えがあります。

ある意味、これも「がけっぷち」体験ですね。

―――全部、ブログが消されてしまうのは、本当にショックだったと思います。私の場合、1記事分の内容が飛んだだけでも相当ショックですから。。。

華子:
がけっぷちになるたびにパワーが出るのか、その時もfacebookを必死でやり込みました。

そのおかげで、本も順調に売れましたね。

―――最強ですね、がけっぷちパワー!

 

華子:
よく見るとがけっぷち扇子には、「脱出」という文字も入れてあるんです。

これは「私もがんばるから、あなたも一緒にがけっぷちを自力で脱出しましょう」という意味をこめています。

 

――ありがとうございました。がけっぷち扇子には、そんな深い意味が込められていたとはステキです!

さて、青山華子氏のインタビュー、いかがでしたか?
なぜ?と思っていた方もこれで理由がわかってすっきりしたのではないでしょうか。

インタビューの「仕事編」は以上です。

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【インタビュアー紹介】

飛花くるみ
聞きまとめライター、Webライターとして活動中。
経営者向けのブログ作成サービスを展開しています。
飛花くるみ氏のブログ『聞きまとめライター』

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