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たった一人との出会いが人生を変えてしまうこともある

たった一人との出会いが人生を変えてしまうこともある

2016年は、絶望から始まった。

脳挫傷と診断されてから1年以上が過ぎ、そろそろ症状がよくなってくるかなという期待に反し、検査の結果はあまりかんばしくないものだった。

怪我自体は治っているのだけれど、後遺症がなかなか消えない。

記憶はときどき飛ぶし、明らかに脳のワーキングメモリは減っている。

前ほど集中力が続かなくなった。気圧の変化で頭痛や回転性めまいが頻繁に起こる。

特に台風の時はひどい。

世界がぐらんぐらん揺れている感じだ。

視覚、聴覚の感覚が過敏になり、地震が来る前に必ず偏頭痛がして目が覚めてしまう。あまり眠れない。

人混みの多いところでは光と音を拾いすぎて気持ちが悪くなってしまう。セミナーやイベントなどで大人数に囲まれる日が何日か続くと、起き上がれないくらいぐったりと疲れる。

原因不明の体調不良にも悩まされた。

何が原因なのかよくわからないけれど、全身がだるい。これが来るとベッドから起き上がれなくなる。

それでも1年目は、治ると信じていた。

時間がたてば自然と前のように戻るのかなって楽天的なことを考えていた。

ところが一向によくならない症状にこれはそう簡単には治りそうもないぞと焦り始め、リハビリにも通った。

病院も何度か変えた。いろんなひとの事例も調べた。

その頃の自分は本当にひどい状態だったので、仕事をするのを完全に諦めて障害年金とか慰謝料を請求するという道もあったと思う。

いっそのこと何年か仕事を休むっていうのもありかなと考えたこともある。

でも、自分のやりたいことを、怪我を言い訳にして諦めたくはなかった。私ってこういう時は諦めが悪いのだ。

いつ体調が悪くなるかわからないので、長時間拘束される仕事や連続講座、研修などの予定はいれないようにした。スタッフや夫がフォローしてくれているからまあなんとかなってはいたものの、だからといって気分は全然晴れなかった。

1月。

100いいね!のセミナーに出て無理やりテンションを上げてみたけれど「今年はきちんと活動できるエネルギーがあるのだろうか」と内心スッキリしない気持ちで動き出した。

今、見返すと1月はたったの5日しか、まともな体調の日がなかったみたい。(この頃はコンディションがいい日だけいいねスタンプを2つ押していた)

1月カレンダー

2月。

停滞しているこの流れを変えようと、鳥井謙吾さんのオンラインコミュニティ、HOW TO マネタイズ(現在は、トリイくんのマーケティング実践大学にリニューアル)のメンバーになった。

鳥井さんのことは、私の知人が「面白い人がいるよ。なんか華子さんと気が合いそうだからブログ読んでみて」と紹介されて、ブログを読んで知った。

私が鳥井さんをいいなと思ったのは、実は案外くだらないことで、以下の3点が気に入ったから。

1、ジョジョ好き(注:漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のこと)
2、B型だった(私はB型男性が好き)
3、アイコンが「鳥」だった

鳥井さん
 

 

 

 
鳥井さんはブログのプロフィールを何度か変えているので、今は当時のプロフィールを見ることはできないが、私が見た時はそんなことが書かれてあった。

起業してもう16年もたっているのに、いまさら起業系のコミュニティに入ったのは、「本気でビジネスモデルを変えよう」と思ったから。

その経緯は、こちらの記事で書いたので、知りたい方はこっちを読んでね。
起業したいけど何をしたらいいのかわからない

2月29日。

抽選で当たったのでグループコンサルティングへいった。

当たると思ってなかったので、全然、企画を考えてなくて、いきあたりばったりに説明したらなんだか要領を得ない話になってしまった。

ただ「体調が悪い時は、家から一歩も出なくてもできるビジネスモデルに変えたい」と相談したことだけは覚えている。

「2年くらいかけて変えようと思います」と言った私に対し、鳥井さんは「いや、そんなの長過ぎる。3ヶ月でやってください」とバッサリ。

その場の流れで「3ヶ月でやる」と約束してしまった。

約束したからにはやるしかない。

そのあと、家に戻ってどうしたらできるかをひたすら考えた。自宅でもできるビジネスモデルを30個出してみた。

青山華子

3月。

●外出できないなら家でできる仕事をすればいい。
●集中力が前ほど続かないなら15分ずつタスクをこなせばいい。
●いつ具合が悪くなるかわからないなら寝ていても回る仕組みを作ればいい。
●自分ができないことや最悪のときには他の人に助けてもらおう。

とにかく、やってみるしかないのだ。やってみて、それでまた考えよう。まずは今回、鳥井さんに指摘されたこと、アドバイスされたことを全部やって、次に進もう。

そんなふうに考えたら、自分の中で覚悟が決まった。

まずは新規事業にかける時間を生み出さなくてはならない。

急いで3月末までの仕事を終わらせた。6月末まであった契約を引き継いだり、終了したりして無理やり時間を作った。これでなんとか4月から動けるだろう。

希望が出てきたせいか、3月のいいね!はだいぶ多かった。

今月から体調の良い日ではなく「良かったこと」があった日にいいね!スタンプを2つ押すことにしたら不思議とテンションが上った。

4月。

ネット上で「エイプリルフールのイベント」を藤沢あゆみさんと松下一子さんと開催したら、ある方たちから強烈なバッシングを受けた。

そのせいだけではないけれど、なんだかぐったり疲れてエネルギーが切れてしまった。

気力で持っていた3月と違い、4月に入った途端がくっと体調不良に陥る。ベッドから全然起き上がれない。原因不明の具合悪さが何日も続く。

いろいろやってみるのだけれど、体調は一向に良くならない。起き上がろうとすると回転性めまいで立つことができず、じりじりしながら時間だけが過ぎていく。

5月。

体調は悪くなる一方だった。

今、カレンダーを見返してみると、1つも「いいね2つ」の日がない。通常時と違い、「集中してできる時間が限られる」ということを思い知らされた。

5月
 
全然、時間がない!

これではとても3ヶ月では終わらない。

「立ったらめまいがして動けなくなるなら、座ったままで仕事すればいい」

そう思いついて、介護用のテーブルとベッドを購入。ベッドで座ったまま仕事を進めることにした。

この時ばかりは自分が社長で良かったと思った。通勤とか出社とかしなくてもいいし、スタッフもある程度、仕事を手伝ってくれる。「会社員だったらとっくにクビ」だっただろうことを考えると、仕事ができるだけマシだと思うことにした。

とにかく時間がないなら、なくてもできることをやらなければいけない。

いつもだったら先にプロダクトを作ってしまうのだけれど、今回はそこをすっ飛ばして、いきなりスタートできるものから始めようと思った。

2回目のコンサルティングが当たったので、鳥井さんに進捗状況を報告。知りたいことを全部聞いて、わからないことがなくなった。

6月。

急ピッチでいろんなものを準備。あっという間の1ヶ月だった。

7月。

見切り発車をして、前からやりたかった有料オンラインコミュニティ「先生相談室」をなんとかスタートさせた。

突然のオープンで準備も十分とはいえなかったけれど、当初予定していた人数はあっさり集まって少しホッとする。はじめてみると、コミュニティの運営はめちゃめちゃ楽しく、やりがいもあった。

多少の体調の悪さも吹っ飛んでしまうほど、やってみると楽しい。

鳥井さんのところで鍛えた効果なのか、急速にスピードアップし、自分でも驚くほど他の仕事も進んだ。

8月。
例年通り3週間夏休みを取る。旅行もした。

9月。
急に東京から引っ越そうと思い立つ。

8月に「猿田彦神社」に行ったせい? ※「猿田彦神社」には「道ひらき」のご利益がある

思い立ったらすぐにやっちゃいたい性格なので、すぐに情報を集める。

引越し先として福岡、札幌を検討。夫と2人で検討した末、札幌に決め、現地で部屋探しをした。

10月。

なんと賃貸契約を結ぶ際、審査が通らなかった。

顔出しはしていないし、サイトを見ても「イラスト」しか載っていない私。実名とネット上に出ている名前は不一致(青山華子はビジネスネーム)フェイスブックを開けば、「がけっぷち」の扇子。

極めつけは「札幌に転勤するわけでもないのに、なぜ引っ越すの?札幌に住む理由がない。あやしすぎる」と判断されてしまう。

そりゃーそうだよね。あやしすぎるよね、と大反省し、慌てて一時的にホームページを修正。

仕切り直したら無事、部屋が契約できてほっとする。

11月。

先月から断捨離や片付けをしているが、やってもやってもちっとも終わらない。

思っていたよりも「東京ー札幌」間の引っ越しは大変だ。途中、邪魔が入ったり、予定通りにいかないことが続く。

それでも11月のはじめ、引越し屋さんに札幌へ荷物を運んでもらう。先に夫に札幌に住んでいてもらいながら、私は、ほとんど家具のなくなった東京の部屋でサバイバル生活に突入。

後半は、大阪、京都へ。月末ぎりぎりに私の札幌生活はスタートした。

12月。

9日、羽田行きの飛行機が大雪でいきなり欠航!札幌は50年ぶりの大雪を記録し、250便以上がストップしたらしい。東京着が7時間も遅れるという目にあうも、なんとかイベントやセミナー、コンサルティングなどをこなす。

札幌に戻ってきたのは21日。そのあと目の前のことをこなしていたら、あっという間に年末になってしまった。

「それにしてもよく決心したね。不安はなかったの?」とある人に聞かれた。

不安がなかったわけじゃない。むしろ不安しかなかった。

札幌に行ったら仕事の契約を切られてしまうかもしれないし、お客様がみんな離れてしまうかもしれない。夫は雪の降るところに住んだことはない。途中で「こんな所、もう住みたくない」と言われるかもしれない。

体調が良くなるという保証もない。知り合いもあんまりいない。地理もよく知らない。何の準備もしていない。私自身、札幌の生活があわないかもしれない。

うまくいかなかったらどうする?

自問自答してみた。

そしたら、また別のところに引越して、ゼロからやり直せばいいか。私の中のわたしが答えた。とにかくやれることを考えるしかないから。3年後、5年後はどうなっているかわからないから、今できることをやり尽くすだけ。
 
青山華子

 
たった一人との出会いがその後の人生をがらっと変えてしまうことが本当にある。

実際、素晴らしい人に出会って、私の人生はその都度、激変したと思う。

住み込みで仕事を教えてくれた恩師

スペインで出会ったジプシーのおばあちゃん(※詳しくはこちらに書きました仕事も恋もがけっぷち!29歳OLが永遠に続く幸せを手に入れたシンプルな習慣

29歳で出会った夫。

そして、今年出会った鳥井さん。

1年のはじめに考えた「100いいね」の中の1つに「人生を変える人と出会う」というのがあった。

1年を振り返ってみると、今年の私の人生を大きく変えてくれたのは、鳥井さんだった。

鳥井さんが特別何かをしてくれたわけじゃないけれど、彼の存在や考え方がとても刺激になったのが大きい。

3人の子育てをしながらIPOを目指してハードに働いているところとか、無駄なことをやらない清々しい姿勢に共感した。

何よりも、誰かと約束することがこんなにも自分を突き動かしてくれるとは思わなかった。

もう少し先にしようかな・・と先伸ばししようとしたときにはいつも「3ヶ月でやる」と約束したことを思い出し、できるだけその日にできることを進めた。

年初はまさか脱・東京をするとは思いもしなかった。

きっと変わらない生活が来年も続いていくんだと思ってた。

それが年が終わる頃には、こんなにも晴れ晴れとした、幸せでいっぱいの気持ちになるなんて、思いもしなかった。

本当に人生って何があるかわからないから面白い。

私に勇気をくれ、やりたいなと思ったことを実現するきっかけになった鳥井さんに心から感謝して、今年を締めたいと思う。

鳥井さん、いろいろとありがとうございました。
 
 
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