青山華子

青山 華子(あおやま はなこ)

有限会社らーにんぐぽけっと 代表取締役
売れるきっかけを作るコンサルタント
講師、コンサルタント、先生業が●●と言ったらあなた!になるための学びのオンラインコミュニティ「先生相談室」主宰

2000年に起業し、現在、起業24年目。複数の会社を経営。

ビジネスブログ、SNS、メルマガの活用を中心としたインターネットとリアル活動を組み合わせ「ネットで知ってリアルで出会う」デジタルイン・アナログアウト戦略を得意とする。

最近は、毎日の仕事を楽にするための「オンラインセミナー」の開催や「売れるオンラインコンテンツ作成」サポートに力を入れている。

ひとりひとりの状況にあった「実践できる」アドバイスが、

・売れる切り口が見つからない
・何をどう書いたらいいのか、どうやって作ったらいいのかわからない

という方から”具体的”で”わかりやすい”と好評。

青山華子の現在の仕事

「教える仕事」×「IT」を軸に、現在の仕事は大きく「法人向けの事業」と「個人・小企業向けの事業」に分けられます。

【事業の詳細はこちら

法人向け事業

主に、法人や大学、公的機関向けに以下の事業を展開。

  • 資格を取得するためのeラーニング事業(行政書士、社労士、税理士、宅建などの国家資格・情報処理技術者、セキュリティスペシャリスト、ドットコムマスターなどのIT系資格の、オンライン講座・スクール作り)
  • コンテンツ制作・研修事業(IT研修、研修カリキュラム・講座開発、eラーニングや販促コンテンツ制作)
  • セミナーやイベントの企画・サポート
  • 売れる仕組み構築事業(スクール事業の受講生集客、運営サポート、スタッフブログやSNS運営の指導など)

2012年、オンラインサポートと入力専門の会社を設立し、関連会社を通じて、ワンストップでシステム開発、ソフトウェアやコンテンツ開発、オンライン講師の指導、受講者のサポートがトータルでできる体制を実現しています。

 

個人・小企業向け事業

講師、コンサルタント、カウンセラーやコーチ、士業、教室の先生に向けて事業を展開。集客が苦手な方でも、自分らしく、10年、20年続くビジネスにするための集客・コンテンツ作り・運営をサポート。

  • 講師・コンサルタント・先生業のための「先生相談室」主宰。
  • スクールやセミナー、コンサルティングを通じ、発信力や集客力を高めるためのコンサルティング業務。

青山華子の活動地域や関心事

2016年11月より東京・目黒から札幌へ移転。現在は、札幌を拠点にあちこち移動しながら仕事の約95%をオンラインで完結している。

自分に合ったお客様だけとお取引し、思い立った時に、いつでも好きなところへ行けるビジネススタイルをこよなく愛する。

北海道出身。O型・乙女座。趣味は旅、パワースポット巡り、滝巡り、漫画を読むこと。キティラー(キティ好き)。

青山華子のオンラインセミナー予定はこちらから確認できます。

青山華子のミッションとお役に立てる方

10年、20年、30年と事業が続く、がんばる専門家をノウハウ、マインド面の両方でサポートすること。結果、時間や場所にとらわれず自分らしく働き続けられる人を一人でも増やすこと。

こんな方のお役に立てます
✔ 自分の売りをうまく表現できない方
✔ 誰に売れそうなのかわからない方
✔ 本気で現状をなんとかしたい方

こんな方にはちっとも貢献できません 
✔ 自分で何も行動する気がない方
✔ コンサルティングを頼んだらすぐ売れるようになると思っている方
✔ 正解を求めている方、即、効果を求めている方

※何かを変えて、実践し、結果が出るまでには少なくとも半年くらいはかかります。それが待てない方には向きません。

青山華子の主な実績

■オンライン講師の育成、指導 ・・・・・約16年(法人のみ)
■オンライン講師歴 ・・・・・・・・・・約23年(法人/個人)
■オンラインセミナーの開催、指導 ・・・・約10年(個人向け)
■IT研修講師歴 ・・・・・・・・・・ 約24年(法人のみ)
■コミュニティの運営  ・・・・・・・・ 約20年(法人/個人)
■教材の開発・作成 ・・・・・・・・・・約29年(法人/個人)

■販促コンサルティング ・・・・・・・ 約19年(法人/個人)
■個人向けビジネスコンサルティング・・延べ8700人(個人/ひとり社長)
■自社メディアの販促・改善アドバイス・・・・約1977件(法人/個人)
■セミナー、イベント企画・開催 ・・・・3500以上(法人/個人)

2024年4月現在 ※会社員時代の実績も含む

直近の研修・セミナー実績はこちらから
主な研修・セミナー実績はこちらから確認できます。

【個人向け・小企業向け】クライアント成功事例

【売上&単価UP】

●ある手法を取り入れて、半年後に粗利が月500万円アップした学習塾。

●単価10万円の講演料が7ヶ月で30万円になった研修講師。

●月収8万円だったコンサルタントが、メルマガとブログを始め、9ヵ月で月収50万円をコンスタントに稼げるように。

●今まで全然売れなかった88,000円の講座がブログ経由でコンスタントに売れるようになった講師。

●3,000円だった受講料を10,000円に値上げし、以前より2倍以上集客もコンスタントにできている講座の先生。

●ブログ経由で仕事が殺到し、新規の受注を一時ストップしたカウンセラー。

●初出版につながった。アマゾン2連続1位を獲得できたコンサルタント。

【売れる仕組み構築】

●一日の来店数1桁代から行列ができる店を1年で実現。SNSシェアされるだけで来店数7倍を常にキープ。

●リピートの仕組みを構築でき、リピート率70%以上を実現した心理カウンセラー。

●副業ではじめた士業の方が1年で出版を実現。本が売れ、現在はパートナーと3社経営する経営者へ。

●夫婦2人ではじめた自宅サロンが、ブログとスマホだけで予約が800人待ちに!2年後に全国5店舗になり、海外にも出店。

●毎月継続課金できるサービスで売上が安定したコンサルタント。

●セミナー営業の方法が身につき、5人に2人以上の契約率をキープしている士業。


【集客マインドの獲得】

●自分の中のお金のブロックを解消でき、スカイプコースが2倍以上売れたアドバイザー。

●集客の迷いがなくなり、コンスタントに月20万稼げるようになったコーチ。

●自分らしくどんどん動けるようになり、時間効率が良くなって、家庭も円満になった認定講師。

●「高く売る」ことに抵抗感がなくなったコンサルタント。

●苦手だった100人規模のセミナーも苦にならなくなり、どんどん全国でのセミナーが増えている講師。

など、事例多数

青山華子の経歴

親族一同、学校教育関係者が多いにもかかわらず、自身は画一的な授業が価値を見いだせずに学校嫌い。「自活できるなら学校へ行かなくてもOK」とのお墨付きを両親からもらった上で、14歳で不登校&家出を決行した過去を持つ。

大学時代は1年半、スペインへ留学。フィールドワークや躍動的な講義など、これまでとは全く違った学びの体験を通して「多様な学びの面白さ」に目覚める。この経験が「学びで人の成長を支援する」想いの原点に。

大学卒業後は語学スクールに就職。レッスンプランの作成やサポート業務に携わる。

その後、不動産会社、マーケティング会社、ITベンチャーなどさまざまな企業で、平社員から取締役まですべてのポジションを経験する。

2000年、仲間と最初の会社設立
2003年、有限会社らーにんぐぽけっと設立。社員研修・コンテンツ開発、eラーニングをメインに、教育に関するコンテンツ・システム制作、講師サポートを行う。

主な著書

twitter×アメブロでビジネスを加速する方法 / ソーテック社

仕事も恋もがけっぷち!
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青山華子のメディア

●新刊.jp様
青山華子著者インタビューページ

●会社ホームページ
有限会社らーにんぐぽけっとホームページ

●ブログ
青山華子ブログ
講師・コンサルタント・先生業のためのブログ・SNS集客実践講座
起業110番がけっぷちから人生を逆転する愛のスパルタ起業塾

●SNS
青山華子のフェイスブック
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10年20年お客様が途切れないプロになりたい!◎◎と言ったらあなた!という存在になりたい講師・コンサルタント・先生(教える仕事をしている方)のためのオンライン有料コミュニティ「先生相談室」を主宰しています。

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青山華子のビジネスヒストリー

「教える仕事」×「IT」を軸に活動している理由は2つ。

・人生の逆境をeラーニングのおかげで乗り越えることができたから

・教育とITを使いこなすことで何歳になっても今の状況を変えることができると確信したから

ここからは、現在のビジネスのベースとなった私の人生をご紹介していきます。

不登校からeラーニングで人生を挽回

中学校時代は不登校。ほとんど勉強をしていませんでした。その結果、どのぐらい学力がなかったかと言うと、中学3年生で「flower」のスペルが書けないぐらいのレベル。

放っておけば社会からドロップアウトしていたであろう私を焚きつけてくれたのは、当時、仕事の面倒を見てくれたアルバイト先の大将でした。「大学ぐらい行っておけ」との言葉に奮起するもすでに18歳。あわてて探した塾で行われていたのは、業界内でもまだ珍しかったサテライト授業でした。

当時、私のような状態の人でも受け入れてくれるような塾や予備校は東京にしかなかったため、北海道にいた私は、サテライト授業に救われたといっても過言ではありません。

猛勉強の末、なんとか大学に進学することができました。

 

天職に出会うも、女性だからと努力や成果があまり認められず、ついに体を壊してITベンチャーへ転職

卒業後は、複数回の転職を経た後に不動産の会社に入社。マンション・ビル用地開発の仕事は天職と思えるくらい楽しかったのですが、不動産の仕事は体力勝負の側面もあります。もともと体力のない私ではとうてい男性にはかなわないし、男尊女卑の古い体質が根強く残っている業界でもありました。

女性だからという言い訳はしたくありませんでした。

ただ、どれだけ仕事をがんばっても、売り上げで結果を出しても、あまり認められることはなかったのです。

しかも、次々とノルマをこなさなければならず、常に走り続けていなければならないという状態でした。

そんな無理は長く続きませんでした。

ある時、体を壊したことをきっかけに、裏方の部署に配置換えになってしまい、愕然としました。

これではやりたい仕事ができないと、転職を決意。別の業界へ飛び込むことになりました。

最先端の仕事を謳歌するも会社が倒産。仕方なくeラーニング事業の後を引き継ぐ形で起業

転職先のベンチャー企業では当時、IT分野で時代の最先端を走る部署に運良く配属され、「eラーニング」の事業にかかわることになりました。前職と違って自由な風土で、女性も多く活躍していましたし、勤務形態も柔軟でした。1995年には日本で初めてのeラーニングをリリース。仕事にやりがいと可能性を感じていました。

しかしながら、手がけていた先鋭的なビジネスに時代が追いつくのはもう少し先のことでした。今でこそ「スマホを使って遠く離れた人とスカイプやLine電話、Zoomで打ち合わせをする」「動画を見て勉強する」なんてことは当たり前ですが、当時はまだ絵空事だったんです。

1999年に私の所属していた部署は事業清算の対象となり、外資系の会社に吸収合併されることになってしまいました。ずっとeラーニングの仕事をしていこうと思ったのに、突然、仕事をする場所がなくなってしまったのです。

eラーニングの仕事が続けられる転職先を探してみましたが、当時は事業として行っている会社がほとんどありませんでした。

世の中にやりたいことができる場所がないなら、作るしかありません。同じ会社で働いていた仲間と一緒に起業したのは2000年のこと。

その後、2003年には2社目の会社を立ち上げ、eラーニングビジネスにまい進していきました。

 

「女性の活躍」で注目されるも激務でダウン

青山華子セミナー資料2

 

当時はみんな若かったし、IT業界に勢いもありました。「まあなんとかなるだろう」という楽観的な見通しの中、会社を立ち上げてはみたものの、世の中そんなに甘くはありません。下請け仕事を必死にこなしながらなんとか会社を続ける日々が続きました。

潮目が変わったのは2007年です。団塊の世代の大量退職を機に、「女性の活躍」が世間で大きく注目され始めたのです。「男女雇用機会均等法」の改正もあって、一気に仕事が舞い込んで来ました。

多忙を極め、毎日会社に泊まり込みをするほどの忙しさが続きました。そして再び体力が限界に達してダウン。移動の時間を短縮するために調布から目黒に事務所を移転し、自宅も都心に移したのはこの頃です。

 

リーマンショックで倒産危機!ブランディング・発信力の重要性に目覚める

青山華子セミナー資料3

 

順調にいくかと思われた2008年、リーマンショックが発生。当時の私の会社の主要な取引先は、不動産業と金融業に集中していたため大打撃を受けてしまいました。

大口の顧客だった会社は倒産したり部門が閉鎖になったり。取引先の外資系企業もどんどん日本から撤退していき、売り上げはゼロに近い状態になってしまいました。

あわてて新規開拓の営業を開始したものの、あまりうまくいきませんでした。かろうじて依頼される仕事は、どれも条件が良くないものばかり。

このままではまずい! なんとかしないと!

考え抜いた末に、選んだのは自分の知名度を上げて「●●と言ったらあの人」になること。下請けから脱却し、自分の名前でビジネスをしていく覚悟を決めたのです。

 

「青山華子」誕生! アメブロをスタート

青山華子

 

発信力をつけるため、ブログを始めたのは2008年8月でした。最初に力を入れたのは当時、勢いのあったアメブロ(アメーバブログ)です。本名とは別に「青山華子」というビジネスネームも設けました。キャラクターを明確に設定し、ブランディングを効率よく進めるためです。

青山華子になり切り、無我夢中でブログに取り組んだことが功を奏し、短期間で結果を出すことに成功。ちょうどアメブロがブームになり始めた時期だったことも幸いしました。週刊東洋経済の取材を受けるなどのチャンスにも恵まれ、2010年には初出版を果たすこともできました。

その後のtwitterブームを含めた、ソーシャルメディアの波にもうまく乗ることができました。ブログやSNSは、IT企業と非常に相性がいいんです。大手企業から研修やセミナー、コンサルティングの依頼が増えていきました。発信力のパワーを実感しましたね。

 

「がけっぷち扇子」との出会いは突然に

トレードマークの一つである「がけっぷち扇子」をブランディングの小道具に使うようになったのは、大阪の街を歩いていた時、UFOキャッチャーで偶然見つけたからです。直感で「これはいい!」と思い、ノリで使ってみたところ予想以上に周囲の反応が良かったので、そのままずっと使うことにしました。

「自力でがけっぷちを脱出しよう」というメッセージを込めて使っていたのですが、いつの間にかこの扇子と「がけっぷち」という言葉が、私をイメージさせるシンボルのような存在になりました。

初代の扇子はあっという間にボロボロになってしまいましたが、印刷会社を経営していた知り合いの社長さんが立派な扇子を制作してプレゼントしてくださったので、今に至るまでありがたく使わせていただいています。

このエピソードはこちらの記事にでもご紹介しています。

 

【青山華子×がけっぷち】で知られている理由を深掘りインタビュー(仕事編)

「青山華子」といえば「がけっぷち」って聞いたことがあるけれど、どんな経緯があるのか知りたいあなたへ 「がけっぷち」と刻まれた扇子を持ち、白衣に身を包んだナゾの女…

頭の大怪我により、働き方や住む場所を大きくシフト

突然の事故でした。2014年、駅の階段から落ちた人に巻き込まれ、頭をケガして脳挫傷に。そのまま入院し、言語障害や記憶障害が一時的に出て、認知症一歩手前の状態になってしまいました。

お医者様の宣告は、3年後の生存率44%。さすがに絶望しました。

リハビリを重ねて少しずつ機能は戻ってきましたが、文章が書けない、モノの名前が思い出せない、感情がうまくコントロールできない、視野が右側だけゆがんで見えないなどの後遺症が残りました。記憶力はかなりいい方だったのに、3分前のことも思い出せない自分に愕然としましたね。2年間、月の半分は体調が悪くてベッドの上で過ごす生活を送りました。

その後もハードなリハビリを受け、かなり普通の状態に近づけることができたのですが、気圧の変化で頭痛やめまいが起きるのが日常になりました。

また、もともと視覚や聴覚に過敏症な部分はあったのですが、さらに過敏さが強くなり、人や音、光などの外部刺激が多い東京にいるとちょっと外出しただけで脳疲労が起きてくたくたに。その後、動けなくなってしまうのです。今までのようにハイペースで仕事をすることは難しくなってしまいました。

2016年7月にeラーニング型コミュニティ「先生相談室」をオープン。リアルの活動が主体だった働き方をネット中心の働き方に徐々にシフトしていきました。

2016年11月には、東京から札幌へ転居しました。台風などによる気圧の変化が少ないエリアがいいのではないかと考えつき、急に思い立っての引っ越しでした。

 

フツウのことができなくても、工夫次第で仕事は作れる

現在も体調が万全なわけではありません。年に一度くらいの頻度で、本番前に声が出なくなったり、嘔吐が止まらなくなり何日も吐き続けていたり、出張先で倒れて救急車で運ばれそのまま入院、再入院や手術をするなどの体調不良が続いています。

もともと毎日決まった時間にコツコツやることが苦手なことに加え、頭の怪我の後遺症のおかげで、天候や気圧に体調が左右される。そうなったら静かに嵐が過ぎるのを待つしかありません。

「普通の人のようには働けないんだ」と開き直って、できる範囲でやれることをやるしかないと覚悟を決めたのはこの頃でした。

仕事のペースも均等じゃなくてOK。たとえば会社員だったら、1日2件×5日で5日かけて10の仕事をこなすところを、私は、2日で10の仕事をして、残りの3日は休むといったペース配分。それでも何とかやっていけるのが、フリーランスや社長のいいところです。

同じような経験を持つ知人からいいリハビリ方法を教えてもらったり、便利なツールや外部サポートを取り入れたり。今の時代、工夫することでいくらでも仕事は作れるし、働き方も選べるということがわかり勇気が出ました。

頭がなんとか働いていればベッドの上からだって発信はできるし、入力が厳しければ誰かに代筆を依頼すればいいし、歩けなくても車いすがあれば講演もできる。

ITやインターネットをうまく使うことで仕事の可能性が広がることを、実感する毎日です。

 

女性が仕事をするということ

決して順風満帆ではない仕事人生ですが、プライベートも、それはそれはいろいろありました。ときには夫との関係も“がけっぷち”に…。

忙しすぎて家に帰れない。一度目の離婚危機、到来

会社が一気に軌道に乗り始めた2007年。寝ても覚めても仕事で、次第に忙しくて家に帰れない日々が続くようになりました。当然、夫婦関係もぎくしゃく。年末にはとうとう「離婚」という言葉が登場する事態に。

大切な人を失うわけにはいきません。思い切って、仕事をスローダウンすることにしました。

夫とあちこち旅行に行ったり、映画やDVDを見まくったりして半年くらいほとんど仕事をしないで過ごしました。起業して以来はじめてゆっくりできた貴重な期間でした。あのとき、無理をしてでもちゃんと休んでよかったと思っています。

 

有名になりすぎる弊害。二度目の離婚危機

2011年には2度目の離婚危機が訪れました。「青山華子」が有名になりすぎたのです。

私を取り巻く世界が、懇親会、会食、パーティーなど、一見華やかな世界に変わっていく。贈り物も、年賀状も、挨拶状もみんな私の方が多く届くことになり、ちやほやされ、注目されるのはいつも「青山華子」だけという状態になっていく。夫は「青山さんの旦那さん」と、呼ばれることが増えていきました。

この時、完全に夫婦間のパワーバランスが崩れてしまったのです。

ただ、私からしてみたらこれは仕事の一環です。パーティーだろうが、豪華な会食だろうが、それは接待みたいなもの。一見、華やかに見える裏で私だって会社を立て直すために大変な思いをしている。

一方で、夫がもやもやとする気持ちを抱えてしまうのもわかります。

互いのそんな不満やうっぷんが日に日に溜まっていきました。 いちいち説明するのにも疲れてしまい、ある日、とうとう「もう離婚しよう」と決意して離婚届まで書きました。もう修復不可能だと悟った夫は部屋から出ていってしまい、そこで離婚成立、ジ・エンドのはずでした。

ところが、夫が出て行った数時間後、病院から電話がかかってきたのです。十二指腸潰瘍で緊急入院することになったとのこと。仕方なくお見舞いに行った先で見たのは、ベッドに横たわる弱々しい夫の姿でした。その姿を見たら、それまでずっと戦闘モードだった私の肩の力がふっと抜けていきました。

せめて退院するまでは一時休戦するか・・・と思い、優しく接していたら、なんとなく元のさやに戻ってしまいました。

夫も「個人が注目を浴びる世界ってこういうものなんだ」と理解を示してくれたし、私も「青山華子はキャラ設定。この白衣を着ているときは、妻ではなくもう一つの人格を持った存在」とスイッチを明確に切り替えられるようになりました。

有名になることの弊害を図らずも実践で学んだ出来事でした。

このエピソードはこちらの記事にもまとめてあります。

【青山華子×がけっぷち】で知られている理由を深掘りインタビュー(プライベート編)

「青山華子」といえば「がけっぷち」って聞いたことがあるけれど、どんな経緯があるのか知りたいあなたへ 「がけっぷち」と刻まれた扇子を持ち、白衣に身を包んだナゾの女…

 

青山華子のこれからと未来の話

ここからは少し未来の話を。

今、わたしは、自分の頭で考え、古い常識にとらわれずに新しい仕事を生み出していくことの必要性を、強く感じています。

2020年に実施される「教育改革」では、自分の頭で考える人材を生み出すことを目指して、日本の学校教育が、がらりと変わる予定。

今までの古い常識では、

●正解がある詰込み型の教育こそ必要

●学歴がないといい会社に入れない

●終身雇用が普通。いったん就職したらずっとその会社に勤めるのが王道

●年功序列で上司の命令は絶対服従

●女性は社会で活躍しづらい

●地方にいると仕事をするのに不利

●毎日決まった時間に会社に行かなくてはいけない

●残業や出張、転勤ができない人は出世ができない

●会社にはスーツで行くのが常識

等があったと思います。

でも、この先はそういった古い常識はどんどん変わっていくことでしょう。

少子高齢化社会に向かう日本で今、私たちがやるべきこと

この先は、日本の人口がどんどん減っていきます。つまり、働き手が少なくなり、市場がどんどん小さくなっていく。世界的にも、無人コンビニ、ロボットの導入など、人手不足の解決策をITが担う場面が増えつつあることは、みなさんもニュースなどで目にしていることでしょう。

日本でも2020年以降、5G回線の導入が予定されています。あらゆるところでデジタル化が進み、否が応でも全員がこの変化の渦に巻き込まれていくはずです。

今の仕事の仕方や今の地域だけにこだわっていたら、収益はどんどん減っていってしまいます。これは地方に行くほど顕著に現れていくことでしょう。

見方を変えれば、激変するこれからの10年に、いち早く新しい分野にチャレンジすることで、人生を逆転できるかもしれません。そのチャンスは誰にでもあるのです。

私は「全国どこからでも学べる・教えられる」オンライン講座、eラーニングは、これからの時代にこそ、効力を発揮する仕組みだと考えています。

経験や知識がお金に換えられる(在庫が要らない)だけでなく、うまくやれば全国にあなたのファンを作ることだってできる。わざわざ移動する手間もいらないし、会議室を借りたり、お茶をしたり、タクシーに乗ったりする必要もない。これらの費用が掛からなくなる分、利益も残しやすいからです。

このサイトでも新分野についてはどんどん触れていきます。あなたのビジネスに、上手に取り入れていってください。

 

これからの10年でやりたいこと

やりたいことはまだまだたくさんあります。この先の10年間で実現したいことを挙げてみました。

  • オンラインビジネスの世界で第一人者になる
  • 顔出ししない&白衣スタイルを守ってビジネスを発展させる
  • どこに住んでいても、何歳になっても、今いる場所で仕事ができる状態になれる人を1000人輩出。そのために、オンラインスクールや先生相談室を活用してほしい。
  • 今まで教えてきたことをコンテンツとして体系化(発信力、ブランディング、売れるオンライン講座づくり、ツールの使いこなし等)
  • Vtuberにチャレンジ
  • 小学生、中学生と面白いITプロジェクトを立ち上げたい
  • オリジナルのビジネス占いを作って販売する。ロジカルな思考だけでなく直観やインスピレーションも社長には大事だと思っている
  • プライベートでは、1年の半分は引きこもり(エリア内に定住して創作・制作活動)、残り半分はいろいろなところに住んで移動生活を楽しみたい

 

私は病弱でも、体力がなくても、制限があってもいろいろやれるんだということを実証していきたい。

「そうなれたらいいよね」「夢物語だよね」「簡単じゃないでしょ」と今まであきらめていた人が少しでも希望が持てるサポートができたら、これほどうれしいことはありません。

幾度となくトラブルやケガ・病気に見舞われて、仕事のスタイルを見直さざるを得ない状況に陥ってきたけれど、そんな私を救ってくれたのはいつもインターネットと発信力でした。私の仕事人生は、がけっぷちになるたびに何かのメディアをがんばることで救われてきたといっても過言ではありません。

このブログではこれからも自分らしく10年20年と働き続けるために必要なことを発信していきます。みなさんの力になれば幸いです。

 

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オンラインセミナーから、バックエンドのサービスのお申し込みをとるには、どんなセミナーをしたらいいの?


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